「日常会話程度の英語」という違和感、からの教養の話
少し英語をかじったことのある人がよく口にする言葉。
「日常会話程度なら出来ます」
これにとても違和感を感じる。
日常会話ほど難しいものはないと思うんですが。。。
普通に考えて、日常会話ってあらゆるテーマがトピックになる
可能性ありますからね。
「父親が最近○○で…」とかも日常会話だし、
「IPS細胞が云々…」とかも身もふたもないことを言えば日常会話です。
僕はIPS細胞について人並みの知識しかないので、
正直議論吹っかけられてもきついです。
日本語でもきついので、英語だったらなおさらきついです。笑
このように、日常会話って、トピックの幅が無限なんですよね。
それを考慮すると、日常会話程度できますとか口が裂けても
言えないんじゃないでしょうか。
会話の幅って、その人の教養の広さ、深さに比例します。
教養がない人との会話は、せいぜい天気の話とか
そういう浅い次元でしか話せないんですよね。
逆に、教養のある人との会話では歴史とか、経済とか
哲学とか色々話せます。
お互い知識のベースとなるところを理解していれば
通じ合えます。
僕もよく、いわゆる日常会話程度ならできます的な
雰囲気を出している人と仕事することがあるんですが、
ほとんどの場合できてませんね。。。笑
傍から見ると一見コミュニケーション取れているように
映るんですが、実際は噛み合ってなかったりしてます。
対応出来るトピックの幅=教養がないと、
どれだけネイティブでも会話は成り立ちません。
なので、とりあえず日常会話なめるなと言いたい。
たとえ英語を勉強していても成り立たない世界があるんですよね。
やはり教養がないと。。。
くそガキが喋ってるみたいになってしまいます。
英語に限らず言語学習において日常会話ってのは
一番きついところですが、それとは反対にビジネス英語は
超かんたんだと思います。
この話はまた次回。